東日本旅客鉄道株式会社様(以下、JR東日本)は、2019年8月にTreasure Data CDPを導入。駅ビルや駅ナカの店舗などを運営する「生活サービス」からCDPの利用をスタートしました。
その後、CDPの利用は輸送サービスやIT・Suicaサービスなどのその他の事業にも拡大。現在では全社的にCDPを活用し、全事業を融合した「ヒト起点」のOne to Oneマーケティングに本格的に取り組んでいます。
今回は、JR東日本においてデータを活用したマーケティングを牽引しているマーケティング本部 戦略・プラットフォーム部門 データマーケティングユニットの小野仁ユニットリーダー、渋谷直正シニアリーダーに、トレジャーデータ株式会社の最高顧客責任者(CCO)重原洋祐と
プロフェッショナルサービス コンサルティングチーム シニアマネージャーでJR東日本様を担当している木下和也がお話を伺いました。
データマーケティングユニットのミッションと取り組み
トレジャーデータ木下(以下、TD木下):
はじめに、お二人のご経歴をご紹介ください。
JR東日本 小野様(以下、小野様):
私は、1991年にJR東日本に入社し、これまで様々な仕事に携わりました。
グループ会社のビューカードで金融システムを担当し、社内研究所の所長を務めた後、2020年6月に現在の組織の前身となるMaaS・Suica推進本部内のデータマーケティング部門に着任しました。
JR東日本 渋谷様(以下、渋谷様):
私はJR東日本へは中途で入社しています。2002年に新卒で日本航空に入り、ウェブで航空券を販売する部門の立ち上げに参画しました。
その後、デジタルガレージのCDOとしてデータ活用の責任者を務めました。そして、2021年6月にJR東日本のデータマーケティング部門に入りました。キャリアを通じて、データを活用したマーケティングを得意領域としています。
TD木下:
現在、小野様と渋谷様が統括されているデータマーケティングユニットについて教えてください。
小野様:
2022年6月の組織改正でマーケティング本部が発足しました。そのマーケティング本部の戦略・プラットフォーム部門にあるのがデータマーケティングユニットです。
データマーケティングユニットでは、3つのミッションを掲げています。それが「JRE POINTを活用したOne to Oneマーケティングの推進」「会員コミュニケーションの一元化の推進」「データビジネスの推進」です。
当社のデータを活用した取り組みは、Suicaの普及が進んだ2011年頃から本格的にスタートしました。Suicaのデータ分析を社内の事業に役立てること及びデータを社外に販売する両輪で始めたのですが、社外への販売には高いハードルがあり、なかなか世の中の流れに追いついているとは言えない状況でした。
その歩みを進めるために、データ分析の実務者を技術部門に集中配置し、技術的なデータとマーケティング的なデータを同時に担当させたこともありました。
しかし、「やはり、お客さまのデータを見てマーケティングに特化する組織が必要だ」という流れから、2020年6月にMaaS・Suica推進本部内にデータマーケティング部門ができました。
さらにその取り組みを加速すべく、2022年6月にマーケティング本部が組織され、データマーケティングユニットはその中に属しています。
渋谷様:
私がJR東日本に入社して最もおどろいたのは「マーケティング部」がなかったことです。
安定した輸送がビジネスの中心で、個別のお客さまに着目することが少なかったし、そもそもSuicaのような仕組みがない中では個別にお客さまの動きを見ることができなかったという背景もあります。
ただ、2018年にJR東日本グループの経営ビジョンとして発表した「変革2027」では、「鉄道を起点としたサービスの提供」から「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」への転換を掲げています。
多くの方が「JR東日本は、鉄道の会社だ」と認識されているでしょう。それはもちろん正しいのですが、実は私たちは駅ビルや不動産、ホテル、コンビニ、Suicaなど様々な非鉄道事業を展開しています。
私たちはそれらの輸送サービス以外の事業を、鉄道事業と同規模程度まで拡大することを目指しています。その実現のためにもJRE POINT会員を軸としたヒト起点のデータマーケティングがJR東日本にとって必要不可欠だと認識しています。
TD木下:
そのJRE POINTを活用した取り組みについてご紹介いただけますか?
小野様:
以前は、様々なサービスが個別にマーケティングをしていて、連携することもできず、お客さまのLTV(顧客生涯価値)を把握し高めていくことは難しい状態でした。
渋谷様:
JR東日本の駅ビルといえば「atré(アトレ)」や「LUMINE(ルミネ)」を想起される方が多いと思いますが、その他にも「Shapo(シャポー)」や「PERIE(ペリエ)」など多くのブランドを保有しています。
そして、それらの駅ビルはそれぞれ独自にポイント会員プログラムを展開していました。
小野様:
その他にも、例えばSuicaであれば独自にSuicaポイントがありましたし、ビューカードには独自にビューサンクスポイントがあり、それぞれの中で経済圏が成立していました。そのようなバラバラだった動きをJRE POINTへ統合していったのが近年の取り組みです。
Suicaポイントは2017年、ビューサンクスポイントは2018年にJRE POINTへ統合されました。大手術ともいえるこの統合には苦労も大きかったのですが、One to Oneマーケティングを実践する上では非常に大きな意味がありました。
TD木下:
現在JRE POINT会員数はどのくらいなのでしょうか?
渋谷様:
約1355万人(2023年1月末時点)です。JRE POINTを軸に会員一人ひとりのレコードを作り、Treasure Data CDPに格納しています。これを社内では「統合データマート」と呼んでおり、会員様の属性情報から、鉄道の利用や、駅ビルでの購買などのトランザクションまで、様々なデータを蓄積しています。
現在、お客さまひとりに対して、約250のカラムがありますが、常に追加をしており、まもなく400カラムに到達しようとしています。
「統合データマート」には様々なデータを格納しており、例えば中長距離きっぷの販売サイトである「えきねっと」では、細かなところまで全てのログをGoogle CloudのBigQueryに収集しています。ただ、そのままでは使いにくいので、統合データマートであるTreasure Data CDPにマーケティングに使いやすい形にしてから入れて分析し、レコメンド施策に活かそうとしています。
Treasure Data CDPの利用は、2019年に導入した当初は生活サービス事業の中だけでの利用でした。ただ、現在では「顧客に関するデータは全社として一旦ここに集めよう」という社内のコンセンサスが醸成されてきています。
トレジャーデータ重原(以下、TD重原) :
私は2019年当時、生活サービス部門へのTreasure Data CDP導入のサポートを担当しました。現在のようにあらゆるサービスを横断して、組織も統合し、全社的に活用が進むのがこれほど早いとは想定していませんでした。
Treasure Data CDPの導入とサポート体制
TD重原:
他の企業様も含めてご支援している中で感じているのは「Treasure Data CDPをたくさん使えば使うほど、効果が上がり、お客さまの満足度が上がる」ということです。JR東日本様においては複数の事業で多角的にご利用いただいています。
統合データマートの基盤としてのTreasure Data CDPに対して、どのような感想をお持ちでしょうか?
小野様:
Treasure Data CDPの導入は、現場のチームからの「最近、こんなに優れたSaaSプロダクトがある」という声がきっかけと聞いています。これまでの当社のシステム開発は、システム子会社に発注し、ウォーターフォール型の開発が中心でした。
一方で、SaaSであるTreasure Data CDPであれば、億単位の費用が最初からかかるわけでもなく、スピード感をもってクイックにスタートできることはメリットだと捉えていました。
導入当初から「PoCを含めた小規模な利用でも成果が出しやすそうだ」という期待感があったのです。実際に個別の部署で使い始めると、「それいいね」と他の部署にも横断で広がっていったのです。
渋谷様:
やはり「すぐにできる」というのは、Treasure Data CDPの優れた点ですね。パソコンに例えれば「既にOSがインストールされた状態なのですぐに使える」わけです。自分でOSをインストールするのは手間がかかりますよね(笑)
さらに、私たちの場合には様々な駅ビルやECサイトである「JRE MALL」、さらに「えきねっと」や「大人の休日倶楽部」など、データ活用の出口が非常に多岐にわたります。各サービスで使っているツールの統一は進めていますが、施策を行う出口側のマーケティングツールと「つなぎやすい」点もTreasure Data CDPが私たちにとって使いやすい大きな理由です。
小野様:
その他にも、トレジャーデータの「サポート体制がとても充実している」という点はとても心強いですね。基幹系の情報システム開発と比べれば時間も予算も少ない中で、お客さまに関する様々なデータをレイヤーごとに整理して蓄積していくのは、私たちだけでは難しいところがありました。
トレジャーデータが確立している方法論を活用することで、その部分は比較的容易に実現できました。この伴走にはとても大きな意味があり、サポートなしには使いこなすことができなかったかもしれません。
TD重原:
Treasure Data CDPをご活用いただくには、技術的な課題をクリアする必要があります。JR東日本様は、それをクリアできたからこそ、CDPの利用が社内で広がっていったと感じています。
渋谷様:
基盤構築だけではなく、その後のデータ活用に対するサポートにも、とても満足しています。トレジャーデータの木下さんは、JR東日本のことをよく理解してくれていますし、私たちの要望を高い次元で実現してくれます。
その対応の質が高いのでトレジャーデータのプロフェッショナルサービスの支援は「なくてはならない存在」です。
例えば、ECサイト「JRE MALL」での施策が印象深いですね。以前はトップページのバナーの出し分けはできていませんでした。鉄道に興味がない人に鉄道ファン向けの「硬券」という鉄道グッズのバナーを出しても、響きませんよね。
そこで、私は購買データからお客さまをクラスタリングするだけではなく、商品も同時にクラスタリングする手法(pLAS=確率的潜在意味解析を用いたクラスタリング)を実現できないかと相談しました。
すると、すぐにTreasure Data CDPでその手法が使えるように、きちんと実装してくれました。
それだけではなく、木下さんは「渋谷さん、こちらの方がおもしろいかもしれません」と協調フィルタリングによる手法も、実際に実装した上で提案してくれました。私の意図まで含めてきちんと高度な手法も勉強し、さらに当初の要望を上回る提案をしてくれて、「すごいな」という感想しかありませんでした。
率直に言えば、そこまで支援してもらえるとは想定していませんでしたし、トレジャーデータには優秀なエンジニアがそろっていることも実感できました。
その提案を実際に施策に落としこんだところ、結果も出ています。
お客さまを4つのクラスターに分けることができ、それぞれに異なるキャンペーンのバナーを提示しました。すると、ランダムに提示した場合と比較して、あるクラスターでは3.5倍のCTRを記録しました。コンバージョン率も向上していました。
その結果が出たことにより、「JRE MALL」の担当者も「こうやって施策を実践すればいいんだ」「トレジャーデータにお願いすれば、アイディアを実装してくれるんだ」とわかり、トレジャーデータの活用の機運が一気に進んでいったと思っています。
TD重原:
ありがとうございます。一方で、ROI(投資収益率)に関してはどのように考えていらっしゃいますか? データ活用を実践する多くの企業で、難しい問題だと感じています。
小野様:
経営者としては、Treasure Data CDPのようなプロダクトに対して、ROIが気になるのは当然だと思います。特に導入時には多くの企業で、慎重に判断することになるでしょう。正直に言えば、「バナーのCTR(クリック率)が3.5倍になって、いくら利益が出るようになったの?」と問われれば、まだ回答するのは厳しいのが実情です。
ただ、Treasure Data CDPが活用できるのは、マーケティング施策だけではありません。
導入当初から、「事業がビジネスとしてどのような状況なのかを可視化して把握し、その上で意思決定をしたい」という考えがありました。「自分たちがどのようなお客さまと向き合っているのか」がレポートされることは非常に有益です。いわゆるBIツールによる「見える化」ですね。それが実現できる基盤をスクラッチで構築する場合とトータルで比較すれば、コストもスピードも評価できると考えています。
JR東日本の統合データマートの今後の展望
TD木下:
Treasure Data CDPで構築している統合データマートについて、今後の展望を教えてください。
渋谷様:
私は「JR東日本って気が利いてるね!」とお客さまに思ってもらえる会社にしていきたいです。そのためには、様々なサービスを横断してお客さまのことを正しく理解することが必要で、統合データマートがそれを担います。
もう一つ大切なことはお客さまと長くお付き合いをしていくことだと考えています。いわゆるLTVの観点です。
私たちが統合データマートとマーケティングツールを組み合わせて実現できることは、お客さまのそれぞれの局面において、適切なコンテンツや適切なタイミングでコミュニケーションをしていくことです。
例えば、学割の定期券を初めて購入いただいたお客さまには「モバイルSuicaで定期券を買えば、駅で並ぶ必要はありませんよ」とお伝えしたり、それから数年経って就職されたら「出張の帰りに新幹線の駅でこんな夕食はどうですか?」と提案したりできます。こうしたことは、お客さまを個人としてとらえ、長くお付き合いしていこうという思想に立たないと実現できません。
現在は鉄道は多くのお客さまが「他に選択肢がないから利用している」状態です。しかし、私たちからお客さまへの個別のコミュニケーションを通じて、「JR東日本は気が利いてる」と感じてもらえるようになりたいんです。
そこを目指すことに私はやりがいを感じています。「JR東日本は変わったよね」と感じてほしいですね。
小野様:
例えば「大人の休日倶楽部」というサービスの入会条件は満50歳以上なのですが、どのように加入してもらうかは私たちの課題の一つです。
もし、学生として初めて定期券を持った頃から、JR東日本が継続してコミュニケーションを取らせていただいていれば、お客さまにとって最適なタイミングにて入会をスムーズにご案内できるのではないかと期待しています。
TD木下:
一方で、何らかの事情で「大人の休日倶楽部」を退会されるお客さまもいます。
そのような方には、他のサービスを適切にレコメンドし、お客さまとJR東日本様との関係は継続するということも実現できるのではないでしょうか。
渋谷様:
まさに「大人の休日倶楽部」だけのデータを見ていてはできなかったことですね。そのような世界を実現していくためにも、トレジャーデータには今後もサポートをしてもらいたいと思います。
他社事例もよく知っていますし、私たちが気が付かないお客さまの視点も含めて、様々なアドバイスを期待しています。
TD重原:
海外発のSaaSの場合、日本向けの機能拡張が難しいケースが少なくありません。
しかし、Treasure Data CDPは、日本から要望を出した機能がどんどん増えています。日本のお客さまからいただいた要望やアイデアがプロダクトに反映された結果です。
「こんなことがやりたい」という要望をいただくことは、私たちトレジャーデータの進化にもつながります。今後とも、お互いがより成長できる関係を継続できればうれしく思います。