はじめに
本記事は『ビジネスダッシュボード 設計・実装ガイドブック 成果を生み出すデータと分析のデザイン』の読者特典としてダウンロード提供している、Appendixコンテンツとなります。本特典に関する権利は著者および株式会社翔泳社が所有しています。今回許可を得て、Webサイト用に編集・掲載をしております。
単行本 | https://www.amazon.co.jp/dp/4798177644 |
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Kindle版(電子書籍) | https://www.amazon.co.jp/dp/B0C37GD2RN/ |
目次 | 第1章 ダッシュボードの種類と課題 第2章 ダッシュボード構築プロジェクトの全体像 第3章 ダッシュボードの要件定義・要求定義 第4章 ダッシュボード設計 第5章 ダッシュボードデザイン 第6章 データ準備 第7章 運用・レビュー・サポート 付録 |
対象プロジェクトの概要
今回、「ビジネスダッシュボード 設計・実装ガイドブック 成果を生み出すデータと分析のデザイン」の読者特典として、トレジャーデータ株式会社プロフェッショナルサービスチーム(以降、私たちのチーム/PSチームと表記)が携わったお客様の事例をもとにダッシュボードプロジェクトの一連の流れを紹介します。
書籍の第2章では、ダッシュボード構築プロジェクトの一連のプロセスについて解説しています(図A.1.1)。今回はこのプロセスに沿いながら、ダッシュボード構築事例を紹介いたします。
数値や事例はお客様の実際の事例をもとに多少の加工を施しております。
プロジェクトの概要
対象クライアントは複数のブランドを運営しているアパレル企業です。
実店舗とECサイトで販売しており、実店舗は全国の大型ショッピングモールなどに出店しており、アプリ経由で商品を購入することも可能で、近年はアプリ会員の増加や実店舗とのクロスユースに注力しています。
複数のブランドを抱えているためブランドごとに顧客は様々です。また、ブランドごとに状況や課題も異なります。
ダッシュボード構築以前、このクライアントは、ExcelでKPIの管理や会員ランク別の動向などを集計し、定期的に社内で報告をしていました。
よりデータドリブンな体制に変えていくために、私たちのチームとともに、データ利活用のプロジェクトと並行して、ダッシュボード構築プロジェクトをスタートしました。
プロジェクト発足前から、クライアントは一部の簡易な集計や分析などをBIツールのTableauで行っていたことから、ダッシュボード構築もTableauを用いることにしました。
プロジェクトの体制
プロジェクトの体制は図A.1.2の通りです。
- クライアント:ダッシュボードに求めること(要求/要件)の洗い出しやプロジェクトの各フェーズでの意思決定、最終的な運用やレビュー
- PSチーム:要求/要件の整理〜ダッシュボードの構築、運用・サポート/改善までの支援
クライアントにはダッシュボード構築の経験者がいなかったため、私たちのチームがダッシュボードの構築を担当しました。
プロジェクトメンバーの役割を整理すると、図A.1.3の通りで、以下のようにそれぞれ役割分担し担当することにしました。
- クライアント:「コンサルタント、マーケター、経営・事業企画」と「ダッシュボード活用責任者、プロジェクトオーナー」
- PSチーム:「プロジェクトマネージャー」「データアナリスト」「エンジニア」の領域
ダッシュボードの構成全体像
図A.1.4のように全体サマリーダッシュボード、テーマ別ダッシュボード、詳細分析ダッシュボードの三つのレイヤーでダッシュボードを設計しました。
- 全体サマリーダッシュボード:経営層向けのダッシュボードのような、複数のKGIやKPIをモニタリングするためのダッシュボード
- テーマ別ダッシュボード:ダッシュボードを使う人の業務領域に合わせて、担当業務のビジネス状況の把握や顧客理解をするためのダッシュボード
- 詳細分析ダッシュボード:テーマ別ダッシュボードに載せると情報量が多くなり過ぎるダッシュボードや、非常に細かい粒度での分析を実現するダッシュボード
要件定義を行う際、このように役割の異なる三つのレイヤーでダッシュボードの全体構成を考えることで、全体的な分析から個別具体的な分析まで幅広い分析の要件に対応した分析の体験を設計することができます。
テーマ別ダッシュボードは、ダッシュボードのユーザーの担当領域や必要なデータの種類・量に合わせて実店舗、EC、アプリの三つに分けています。
KGI/KPIのモニタリングや商品/ブランド別の販売実績といったビジネス状況把握のパートと購入者・利用者理解のパートで構成しています。
ダッシュボードプロジェクトのスケジュール
スケジュールは図A.1.5のように、要求定義・要件定義〜運用・レビュー・サポートの順に進行し、データ準備(データマート設計・実装)はダッシュボード設計・構築と並行して進めました。
期間は、全体サマリーダッシュボードが約3カ月、テーマ別ダッシュボードが三つで約半年、詳細分析ダッシュボードのそれぞれに約3カ月を要しました。
データ利活用の取り組みを並行して進めていたことから、私たちのチームもクライアントのビジネスやデータを理解していたため、比較的短期間かつ、アジャイル型の進め方で取り組みました。
プロジェクトの各フェーズの紹介
1.要求定義・要件定義
ダッシュボード構築プロジェクトでは、初めに要求定義・要件定義を行います。
まずは、ビジネスや業務に関して情報収集と整理を行いました。図A.2.1はその一部です。
このクライアントの場合、複数のブランドを運営しているため、企業全体だけでなくブランドごとの状況も大まかに整理しました。
ECや店舗別の販売実績、購入者理解のダッシュボードを構築するため、チャネルごとの状況は確認しましたが、個別のブランドについて、詳細なヒアリングは行いませんでした(ブランド別のダッシュボードを構築するなら必要かもしれません)。
次に、ダッシュボード利用ユーザーがどのような課題を抱え、どのようなことに取り組んでいる/取り組もうとしているかを理解するために、クライアントにヒアリングしました。
ダッシュボードを通じて特に取り組みたい課題を決めるために、KGI/KPI/CSFを整理し(図A.2.2)、課題を議論し、その結果、会員育成(リピート購入や会員ランクアップ)に注力することとしました。
また、会員ランクが高い人はアプリ利用率や実店舗とECのクロスユース率(併用率)が高いため、それらに紐づく要素も優先して取り組むことになりました。
KPIツリーやAs-Is/To-Be、課題をもとに想定ユースケース(図A.2.3)を整理・議論し、前掲のダッシュボードの構成全体像(図A.1.4)の検討と各ダッシュボードに必要な要素(図A.2.4に示す「ダッシュボード要件整理票」)の作成を進めました。
2.ダッシュボードの詳細設計(分析設計・デザイン)
要求定義・要件定義が完了した後は、ダッシュボード詳細設計のフェーズに入ります。
ダッシュボード詳細設計は分析設計とダッシュボードデザインの二つのステップで作業を進めます。
要求定義・要件定義のフェーズで丁寧に議論していても、どの指標をどの切り口で、どのように可視化するかなどの具体的なイメージがクライアント(ダッシュボードのユーザー)と私たちのチーム(設計・構築)とで一致するとは限りません。
そのため、BIツールによるダッシュボード構築の作業に入る前に、ダッシュボード詳細設計のフェーズでより詳細な分析設計を行い、ダッシュボードで提供する分析の体験を具体化しダッシュボードデザインに落とし込む作業を行いました。
この事例では、図A.2.5、図A.2.6のように、ダッシュボードの利用目的に合わせて、何がどのように可視化されていればユーザーに使ってもらえるか、アクションに繋がるかを議論し、整理しました。
さらに、ダッシュボードに入れる要素をダッシュボード詳細設計書に落とし込むだけでは、ダッシュボードの完成像をイメージしづらいので、レイアウト案をワイヤーフレームに落とし込み、要素や配置を検討しました。
今回のプロジェクトの場合、クライアントはプロジェクト以前から、KPI管理や会員ランク別の分析などに取り組んでいました。
そのため、ダッシュボードに取り入れたい要素やダッシュボードで取り組むビジネス課題に伴う「問い」と「解」を探すのに必要な情報を、クライアント側で整理できており、設計方針などの判断がスムーズに進みました。
3.データ準備
ダッシュボード詳細設計の後は、データマート設計・構築のフェーズです。
ダッシュボード設計で整理した分析要件(必要な指標、比較軸、フィルター条件など)を実現するために必要なデータを用いたデータマートを準備しました。
全体サマリーダッシュボード、テーマ別ダッシュボード、詳細分析ダッシュボードにおいて共通で使用するデータを用いたデータマートと、それぞれのダッシュボードで必要なデータマートに分けて用意しました(図A.2.7)。
4.ダッシュボード構築
- 要求定義・要件定義
- ダッシュボードの詳細設計(分析設計・デザイン)
- データ準備
以上のプロセスを経て、次の3種のダッシュボードを構築しました。
全体サマリーダッシュボード
KGI/KPI管理のための事業全体の状況をスピーディーに確認するためのものです(図A.2.8)。
事業全体に加え、販売チャネル(実店舗とECサイト)や主要ブランド別の状況も確認できます。目標に達していない、想定より良い結果が出ているなど簡易的に目に見える課題の有無を判断します。
テーマ別ダッシュボード
図A.2.9は、ECをテーマにしたダッシュボードです。
EC事業のKGI/KPIだけでなく、どのブランド/商品が、好調/不調かを確認できます。また、ECへの流入経路や流入後の行動プロセスなどECの分析に特化した内容も合わせて設定しています。
詳細分析ダッシュボード
図A.2.10の例では、会員ランク別の動向や施策の効果を確認できます。
「顧客数動向分析」のパートでは、会員ランクに関わる要素を細かく分析しており、どの要素がランクの変動に影響があるかを確認できます。影響の大きい要素にアプローチする施策を検討・実行し、効果を検証できる構成にしています。
運用・レビュー・サポート
ダッシュボード構築が完了してもプロジェクトは終了しません。ダッシュボード構築はプロジェクトのスタート地点であり、ゴールではなく、使われるダッシュボードにするためにはダッシュボード構築前のレビューと構築後の運用・サポートが非常に重要です。
ダッシュボードのレビューは、ダッシュボードの設計〜利用開始以降まで複数のタイミング、観点で実施しました。(図A.2.11)
また、運用・サポートの取り組みでは、資料の用意や説明会の実施、問い合わせ受付の設置を行いました。
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<用意した資料例>
- 操作説明書(操作方法、主な使い方の例)
- 使用したデータマートの説明書=テーブル定義書
- ダッシュボード詳細設計書(KGI/KPIなど、指標の計算ロジックがわかるもの)
また、導入後の本運用をもってプロジェクト終了とせず、運用後も想定した使い方がされているか、効果を得られているかを確認し、改善を検討しました。
このようなサポートや改善の取り組みによって、ユーザーも設計・構築者もダッシュボードを「構築して終了」ではなく、「使う」意識が高まります。ダッシュボードを使う→アクションに繋げる→ダッシュボードを使う→効果を確認→改善に繋げる……という好循環を実現しています。
プロジェクトで得られた効果
ここで、この事例においてダッシュボードで得られた効果について触れておきます。
アプリのダウンロード数、リピート顧客数、実店舗とECのクロスユース顧客数などの注力課題に対する取り組みは進行中で、目標数値の達成は道半ばの状況です。
ビジネス課題に対する効果が出るのはこれからですが、他にもこのダッシュボードによって、以下三つの変化=効果が見られるようになりました。
- 業務プロセスの改善
- 意思決定プロセスの改善
- 顧客理解の進化
業務プロセスの改善
これまでは、ExcelでKPIの管理を行い、会員ランク別の動向などをまとめ、社内で報告をしていました。
利用データや分析体制の事情により、報告スピードが遅い(前週の結果が翌週の半ばにわかる、前月の結果が翌月の2週目にわかる)ことや、追加で分析したいことがあると分析チームに都度依頼し、スケジュールを調整しなければならないことが課題でした。
本プロジェクトで、業務のニーズに合わせたダッシュボードを設計・構築したことで、課題の全てが解消してはいないものの(追加の分析を全てダッシュボードが叶えてくれるわけではない)、報告のスピードアップ、ユーザー自身が気になるデータを自分で確認するといった業務プロセスの変化、改善が進んでいます。
意思決定プロセスの改善
ユーザーが自分で気になるデータを確認できるようになったことで、データドリブンな取り組みがより進みました。
これまでもクライアントはデータを重視した取り組みを行っていましたが、業務プロセスで挙げたような課題があり、経験や勘で意思決定をすることもありました。見えていなかったデータが見えるようになったことで、経験や勘だけでなく、データに基づく事実・仮説から意思決定をするようになりました。
また、データを中心にする環境が整ったことで、KGIやKPIから逆算して戦略・戦術を検討する意識がさらに強まり、会議では具体的な数値(目標や現状とのギャップ)が発言されるようになりました。
顧客理解の進化
皆さんの中には、目標達成や課題解決に向けてどのような顧客にどうアプローチすべきか、日々検討している方も多いと思います。こうした取り組みのためには、顧客が誰で、どのような状況にあるのかをいつでも知れることが必要です。
本事例のクライアントは、鮮度が高く、詳しい情報を確認できるようになったことで顧客理解が深まり、今、誰へどうやってアプローチすべきかをスピーディーに議論できるようになりました。
ダッシュボードを通じて、多くの担当者がデータを活用できるようになったことで、業務プロセスの改善だけでなく、データを共通言語として状況を理解し、議論を重ね、意思決定できるようになりました。
ただし、ダッシュボードを作れば、このような効果が必ず得られるわけではありません。ダッシュボードの利用目的に合わせて、どのようなダッシュボードが必要か、どう使うかを決めて構築することで、最大の効果が発揮されます。
さいごに
当サイトでは出版記念として「第1章 ダッシュボードの種類と課題」の内容を抜粋した記事も当サイトに掲載しております。
書籍では全7章にわたりダッシュボード構築プロジェクトの一連の流れについて解説しています。
第1章 ダッシュボードの種類と課題
第2章 ダッシュボード構築プロジェクトの全体像
第3章 ダッシュボードの要件定義・要求定義
第4章 ダッシュボード設計
第5章 ダッシュボードデザイン
第6章 データ準備
第7章 運用・レビュー・サポート
付録
是非全ての章を読んでいただけると幸いです。本書が少しでもみなさんの役に立つことを願っております。
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